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千葉地方裁判所 平成7年(ワ)1997号 判決 1996年3月26日

原告 千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 鳥谷部恭

右訴訟代理人弁護士 東谷隆夫

鹿士眞由美

滝野俊一

被告 株式会社千葉興業銀行

右代表者代表取締役 吉原三郎

右訴訟代理人弁護士 浜名儀一

被告共同参加申立人 佐々木護

主文

一  被告共同参加申立人の本件訴訟参加申立を却下する。

二  原告の被告に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用については、被告に生じた分は原告の負担とし、原告及び被告共同参加申立人に生じた分は各自の負担とする。

事実及び理由

一  事案の概要及び争点等

1  原告の請求の趣旨・原因は別紙請求の趣旨・原因≪省略≫に記載のとおり。

被告共同参加申立人の参加申立の趣旨・原因は別紙参加申立書≪省略≫記載のとおり。

2  本件は、被告共同参加申立人(佐々木護)が損害保険会社である原告(千代田火災)の代理店として集金した保険料の保管に用いられていた被告(千葉興銀)四街道支店にある「千代田火災海上保険株式会社代理店オートサロンササキ佐々木護」名義の普通預金口座(番号二〇六〇〇八一)の権利者につき、原告(千代田火災)と代理店である被告共同参加申立人(佐々木護)との間に争いがあり、被告(千葉興銀)において預金者が原告か右参加申立人(佐々木護)か不明であるとして原告(千代田火災)からの払戻請求に応じなかったこと(以上の事実関係は当事者間に争いがない)から、原告(千代田火災)が、当該預金の権利者は自分であると主張して、被告(千葉興銀)に対して当該預金の返還と本訴を要したことによる損害(弁護士費用)賠償とを請求し、被告共同参加申立人(佐々木護)も当該預金の権利者は自分であると主張して被告への共同訴訟参加の申立をしている事案である。

3  そして、本件の主な争点は、当該預金口座の権利者が損害保険会社である原告(千代田火災)かその代理店である被告共同参加申立人(佐々木護)か、との点である。

なお、その他の検討事項としては、被告共同参加申立人の参加申立の可否の点、及び、当該預金口座の権利者が原告となった場合につき損害賠償額の点、がある。

二  検討・判断

1  被告共同参加申立について

原被告間の本件預金返還請求訴訟は、原告が返還請求する預金の預金者が原告か佐々木護(被告共同参加申立人)かとの点が主な争点となっているけれども、右訴の目的は「原告の被告に対する当該預金の返還請求権の有無」ということであり、この請求については仮に原告に対して当該預金の返還(支払)義務を負うとすればそれは被告が単独で負うのであり、佐々木護(同参加申立人)が被告と共に当該預金の支払をすべき立場になることはないのであって、当該預金返還義務の有無を被告と佐々木護(同参加申立人)につき「合一にのみ確定すべき場合」とはいえないから、佐々木護(同参加申立人)の民事訴訟法七五条による被告への共同訴訟参加の申立は同条に当らない場合について被告適格がない者からの申立ということになる。

従って、佐々木護(被告共同参加申立人)の本件共同訴訟参加の申立は不適法であって却下を免れない。(なお、右参加申立人が原被告に対し当該預金の預金者が自分であるか否かを本件訴訟において同時に確定したいと望むのであれば、その場合は原被告双方に対し当該預金が佐々木護に帰属することの確認を求める等して民事訴訟法七一条による独立当事者としての参加の申立をすることになろうが、本件では、右参加申立人において民事訴訟法七五条による参加申立以外の参加申立に変更する様子がないので、右のとおり当該参加申立を却下せざるを得ない。)

2  当該預金の権利者について

(1)  当該預金の権利者を検討するにつき、争いがない事実及び本件証拠によれば、次の事情が認められる

① 当該預金は、佐々木護(被告共同参加申立人)が「千代田火災海上保険株式会社代理店オートサロンササキ佐々木護」名義で昭和五九年九月か一〇月頃開設し(争いがない)、これには佐々木護(同参加申立人)の実印が用いられており、原告との間で紛争となった平成七年五月頃までは同人が通帳を保管し預金の出し入れ等をしていた(≪証拠省略≫通帳、≪証拠省略≫印鑑番号票、≪証拠省略≫払戻請求書、佐々木護本人)こと。

② 当該預金の口座の名義人は、原告代理店という趣旨の肩書付であるが佐々木護(被告共同参加申立人)を表示するものであって、原告を表示するものではないこと(右①の事実及び弁論の全趣旨)。

③ 佐々木護(被告共同参加申立人)は原告の代理人として原告とは独立して営業をしていること(弁論の全趣旨)。

④ 当該預金の利息は代理店である佐々木護(被告共同参加申立人)に帰属することを原告が認めているとみられること(≪証拠省略≫陳述書三項④、≪証拠省略≫通帳5行目の記載及び書込)。

(2)  右のとおりの、口座開設、口座の管理状況、口座の名義、被告の営業の独立性、等の事情によれば、特段の事情がない限りは、当該預金については、口座開設者で名義人で通帳・印の保管者であって被告に対し預金者として行動していた佐々木護(被告共同参加申立人)が預金者であって同人にその権利が帰属するものというべきである。

(3)  これに対し、原告は、当該預金が法令の規制に基づく保険料保管の為の専用口座であって代理店が勝手に引出せないものであること、保険会社が代理店に交付する業務委託に関する書類帳簿器具等は契約上保険会社の所有であること、当該口座に保管されている保険料は保険会社の保険責任の対価であって代理店が受領した時から保険会社に帰属すること、当該口座には保険会社の名称も表示されており代理店破産の場合は当該預金債権が保険会社に帰属するとされていること、等から、当該預金は、実質的にも形式的にも原告(保険会社)に帰属する、と主張するので、これにつき検討する。

① 当該預金については、佐々木護(被告共同参加申立人)が原告(保険会社)の代理店として契約者から受領した保険料保管の為の専用口座であり(≪証拠省略≫通帳、弁論の全趣旨)、当該口座は法令(保険募集の取締に関する法律12条、同法施行規則5条、6条)の規制に従ったもので、代理店の他の財産とは明確に区分され、当該口座から代理店が引出できる場合も、保険会社への送金・契約者への返金、代理店による手数料・利息の取得、その他保険会社の指示による場合、に限定されていること(≪証拠省略≫陳述書、弁論の全趣旨)が認められるのは原告の主張のとおりである。

ところで、保険料の保管・収支に関する右法令上の規制は、契約者からの保険料の支払の有無・支払の時期が、保険責任の成否に直ちに結び付く為に、これを明確にして保険契約者と保険会社との間の後日の紛議を防ぐことが規制の趣旨と解されるものであり、また当該預金についての右払出規制も金融機関(被告)を拘束するものではなく、これらの規制は当該預金の権利の帰属を規定するものではないから、これを根拠にして当該預金が原告(保険会社)に帰属するものということはできない。

却って、当該預金払出可能な場合に代理店による利息取得の場合をあげていること(前記(1)④)からは、当該預金が代理店に帰属することを当然の前提としているともみられる位である。

② 当該預金については、佐々木護(被告共同参加申立人)が開設したもので、同人の実印が使用されていることは前記(1)①のとおりであって、これらが原告(保険会社)の主張する業務委託に関する書類帳簿器具等として契約上保険会社の所有とされるものに含まれると認めるに足りる証拠はないから、当該預金を右業務委託に関する書類帳簿器具等と同一に扱うことはできない。

③ 当該預金は前記のとおり保険料保管専用口座であるからその預金の殆ど全部が佐々木護(被告共同参加申立人)が原告(保険会社)の代理店として契約者から受領した保険料であるとみられる。

ところで、当該口座に入金される保険料については、代理店(佐々木護)が原告(保険会社)の代理人として契約者から受領したものを入金しておき手数料分や契約者への返金分等を清算した残りを毎月まとめて保険会社に送金する仕組となっていた(≪証拠省略≫陳述書)と認められる。そして、この仕組をみると、当該口座にある資金は、原告への送金、契約者への返金、代理店の手数料等に当てることが予定されており、原告(保険会社)取得分は毎月集計して初めて額が定まり、これを代理店(佐々木護)が送金して他と区別されるものである、といえる。この事情に、当該口座は代理店(佐々木護)が管理しており、代理店(佐々木護)は保険会社とは独立した営業主体である等の前記(1)①③の事情、金銭については一般に占有者が所有者とされていること等も考慮すれば、独立した営業主体(代理店と保険会社)間の清算を残し原告(保険会社)以外の取得分も混在する段階では、当該保険料の殆どが原告(保険会社)に送金されるのが通常であるとしても、当該口座にある資金につき原告(保険会社)が取得しているということはできない。

なお、原告は、当該口座にある保険料が保険会社(原告)の保険責任の対価であって原則として代理店が受領した時から保険会社の保険責任を発生すること等から、代理店が受領した保険料は直ちに原告に帰属(取得)となり代理店は原告の為に保管する関係になるとして、当該預金にある保険料は原告の出捐によるものである、と主張するようである。しかしながら、代理人の行為の効果が本人に直ちに帰属し代理人と本人との間の清算が後日となることは、保険契約の代理店の場合に特別のことではなく、代理制度一般に予定されていることであり、原告が代理店制度に利点があるとしてこれを用いる以上そのリスクも当然負担すべきことであるから、原告の主張するともみられる右保険責任の負担の事情からは、代理店(佐々木護)の受領した保険料が直ちに原告(保険会社)の取得(帰属)となるとはいえない。

従って、本件では、当該口座にある資金の資金出捐者が原告(保険会社)であるとはいえない。

④ 当該預金の預金者表示中に原告(保険会社)の名前があるのは原告の主張するとおりであるが、それは代理店である佐々木護(被告共同参加申立人)の表示の一部(肩書)としてのもの、即ち「原告代理店佐々木護」という趣旨の表示であることは前記(1)②のとおりであるから、これをもって当該預金者に原告が表示されているということはできない。

⑤ また、当該預金のような代理店名義の保険料保管専用口座については代理店破産の場合に保険会社帰属とされている(≪証拠省略≫判例)のは原告の主張のとおりであるけれども、これは、代理店が保険会社に保管中の保険料を引渡す前に破産した場合にその特定性が維持されている限りは引渡がなくとも当然に当該保管中の保険料は保険会社の帰属となって保険会社が取戻権を行使できる、という関係をいうものであって、代理店が破産した場合ではない本件には当てはまらないものであると解される。

右検討結果によれば、原告の主張する事情によっては、当該預金につき、前記(2)のとおりの口座開設・口座の管理状況・口座の名義・被告の営業の独立性等の事情による当該預金の権利者の認定(代理店の佐々木護が権利者であるとする認定)を覆すだけの特段の事情があるとはいえない。

三  結論

以上によれば、被告共同参加申立人(佐々木護)の本件共同参加申立は不適法であるからこれを却下することとし、原告の被告に対する本訴預金返還請求については、本件では当該預金の権利者が原告であると認めることができないからその余の検討をするまでもなく全部理由がないのでこれを棄却し、平成七年一一月二八日終結した口頭弁論に基づき、訴訟費用の負担の点も含め、主文のとおり判決する。

(裁判官 千德輝夫)

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